2010年09月01日

突然の社員の失踪

数年前、一人の社員が失踪した。あまりの突然の出来事だったので、さすがに私も動揺した。

はじめは、「寝坊かな?」と思った程度だったが、電話にも出ないので本人の家まで行ってみた。自宅は、しっかりと鍵がかかっており、自家用車もなかった。近所のおばさんが「いつもどおり普通に出かけましたよ!」と声をかけてくれた。

「しまった!」と思った。私の失態である。思い当たる節が少しあったからだ。
彼はそれっきり、行方が分からなくなってしまった。彼自身、仕事はとても優秀でお客様からの信頼も厚い。ところが当時、彼は父や母を連続して亡くし、ずいぶん悲しんでいたことは知っていた。ある縁談でちょっとしたトラブルから婚期も逃していた。

両親と死別した後、そこそこの土地建物を相続したのだが、不運は重なるもので彼の相続した土地のごく一部が、国の土地だったのである。住宅がほんの少し重なっていたため、数百万で買戻しを請求されたのだ。預金と足らないものは銀行から融資を受け、すべて順調に片付いていたはずだった。

しかし、本人にとってはかなりのストレスが貯まっていたのだろう。ストレスが彼の体を蝕んでいたのだ。
私は何日も徹夜で彼の行方を捜した。何人もの社員も徹夜で探していたらしい。当然、警察にも届けを出し相談したが、この手の話は警察はほとんどあてにならない。

「大晦日」がやって来た。彼は何処で正月を迎えるのだろう。眠れない日々が続いた。
思い当たる節が1つだけある。人を騙したり、悪事を働く男ではない。
私は気づいていた。よく彼が胃のあたりを顔をしかめながら手でさすっていたのだ。

一度だけ「胃が痛いのなら、速く病院に行ってくれ!」と言った事がある。「大丈夫です」と答えていたがこれが失敗であった。無理やり病院に連れて行くべきだったのだ。

彼の性格は十分熟知していた。とても優しい性格で人懐っこい。しかし、かなり臆病な男なのだ。病院へ自分の意思で行くような勇気がある男ではないことを私は知っていたはずなのである。この頃から吐血、下血が始まっていたのかもしれない。

『病状がかなり悪化したに違いない』これしか失踪の理由は考えられなかった。彼は病院で何かの宣告を受けることに怯え、逃避したのだ。そのような性格の人間であることは百も承知していたし、体の変調もおおよそ見当が付いていた。とにかく私の失態である。

むろん、自殺をする勇気さえもないことも分かってはいたが、とにかく速く見つけなければ彼の体が危険であった。

正月も終わり、新学期を迎える頃、高知の室戸に近い銀行で彼がキャッシュカードを使っていることが分かった。「生きていた」「よかった」というだけであった。

私は3時間車を飛ばし、とりあえず、室戸周辺の旅館を当たった。室戸岬の岸壁に立ってみて、私自身足がすくんだ。彼がこの岸壁から飛び込むような勇気がないことは彼の性格からいってありえないことは十分確信できた。

それから、数週間後、岡山の倉敷の病院から電話があった。

彼が入院し、緊急手術が必要だという電話だったのだ。やはりストレス性の胃潰瘍だった。
くらしきの病院へ駆けつけたときには、無事手術は成功し、ぐっすりと眠っていた。
3週間ほどで病気は感知し、四国へ帰ってきた。
とにかく人騒がせの事件であったがとりあえず安堵した。
自分を癌だと疑い、会社や銀行に迷惑をかけたくないという思いから死に場所を探していたようなものだ。私の予想どおりであった。

彼はすぐに会社に復帰を希望したが、彼の心の整理と強い性格の構築が先だと判断した。
このままでは、また潰瘍が再発する可能性が大きいからだ。
まず、ゴミだらけの家の掃除から取り掛かり、仏壇の掃除を徹底的にやった。

そして、彼に写経をすることを提案した。

まず、私の文具店で写経セットを買い、硯を買い、墨を買い、筆を買った。
丹念に墨をすり、写経に取り掛かった。薄紙を写経の見本に重ね、などることから始めた。私も何枚かいっしょに付き合った。そして何度も般若心経を唱和した。なんどもなんども練習し、88枚の般若心経が完成した。

四国88番の結願寺に納経を終え、彼は久しぶりに照れくさそうに会社へ出社した。
もともと仕事が出来る男だけに以前より、いっそう仕事に磨きがかかってきた。
ある日、お客様から一本の電話をいただいた。

そのお客様の会社の社長さんが亡くなられ、お悔やみをしたお礼の電話だった。
「御社の○○さんがわざわざ自宅まで、お悔やみに来ていただきました。それだけでなく丁寧なお経まであげて頂き、ほんとうにありがとうございました。」という内容だったのだ。
彼は体も精神も仕事もすべてが蘇ったのだ。


精神力バイブル
posted by SABU at 18:39| Comment(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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